目的

IRT座談会第5回「医療分野でのロボット技術への期待」

医療ロボットは以前から大きな可能性が期待される一方で、安全性や認可の壁が厚く、実用化が難しい分野とも言われてきました。国立成育医療研究センターにおいて、新たな治療法や診断法について研究を進める臨床研究センターで副センター長を務められるとともに、ロボット技術などを活用して新たな医療機器の開発を推進する医療機器開発室長を兼任されている千葉敏雄先生に、医師の立場から医療ロボットに対する期待と現場のニーズについてお話しを伺いました。
−− 医療現場におけるIRT技術へのニーズはどのようなものがあるでしょうか?
chiba私たちはこどもの医療、それも生まれる前のこどもの医療に注目しています。こどもの病気のかなりは生まれる前にあると言えます。胎児の段階で発生した病気は、生まれる時にはすでに進行してしまっています。これに対し、胎児の段階で適切な治療を行うことで、生まれる時には良い状態にするということを目指しています。言わば医療の前倒しです。また、生まれる前の医療を進めることによって、こどもの病気をさらに良く理解することも可能となります。こうした研究は欧米では20〜30年前から、日本でも10年くらい前から盛んになってきました。
しかし、出生前の診断がどんどん進む一方で、有効な治療法が提示できず、むしろそのギャップが開いていくという問題もあります。診断だけが先行してしまうと、中絶へと走るケースが増加する恐れがあり、倫理面の問題が生じます。学会でもこうした点は問題視されています。
また、デバイスの開発も遅れています。現状では超音波が一番有効と言えますが、これだと診断しかできません。これに対し、母親のお腹の中にいる胎児を開腹せずに、診断と治療ができるカプセル内視鏡に私たちは大きな期待を寄せています。羊水の中を潜水艦のように自在に移動することのてきるカプセル内視鏡があれば、妊婦さんと胎児にやさしい検査や治療が可能となります。
−− IRT技術に期待することを教えてください。
まずは今お話ししたカプセル内視鏡を羊水の中で自在に移動させることのできる技術です。ケーブル型の内視鏡では裏側や入り組んだところまでは見ることができず、全体像の把握には超音波に頼っている状況です。羊水の中を全方向に精度高く移動・停止させられるカプセル内視鏡があれば、こうした問題が解消されます。
また、超音波についても、レンズのように焦点を絞って解像度の高い画像を得たり、治療したりできる技術も期待しています。お腹の外からでは腹壁や濁った羊水などが障害となって、あまり解像度の高い画像を得ることができません。これをより見やすいものにすることが期待されています。
さらに、子宮内に小さなプローブを入れて、その先端部に超音波やレーザー、針など「ロボットの手」をつけて治療を行えるようにすることも有効と考えています。これによって外科的な治療はもちろん、遺伝子治療も可能となります。遺伝子治療は、ウイルスにゲノムをつけて治療するという方法がありますが、一定の場所に超音波を当てるとゲノムが入りやすくなるということがわかっています。
加えて、私たちは東京女子医科大学の岡野先生のグループと連携して、iPSを使わない再生医療の研究も進めていますが、内視鏡治療とゲノム治療、そして再生医療の組み合わせが、今後の有効な治療法になっていくと考えています。こうした新たな治療法を確立させていくために、ロボットやMEMSなどの技術に大いに期待しています。
−− 実用化に向けた課題はどのようにお考えでしょうか?
治療機器についてはメーカーの腰が退けている面があります。診断であれば機器をつかって仮に誤診があっても医師の責任となりますが、治療となるとメーカーの責任が格段に大きくなる。リスクが高いわけです。本来、治療のない医療はないわけですから、本末転倒になっていると言えます。治療まで踏み込んだ機器を開発するメーカーに出てきてもらうには、やはり社会的対応が必要です。社会的合意や免責などの制度整備が整うことが、重要と言えます。
さらに、薬事法の問題もあります。医療機器は薬事法によって認可が必要とされていますが、本来「薬」のためにつくられた法律で医療機器までをもカバーすることには無理があるかもしれません。医療機器はあくまでも道具であり、医師の責任において選択されるのが自然と思います。
医療機器は一部の大手メーカーを除いて、多くの中小零細企業が支えていますが、こうした規模の小さい会社にとって膨大な申請の手間は、とても大きな負担となっています。この点については国のサポートが必要と考えます。また、仮に申請が通ったとして、それをどう売るのかといった課題もあります。私は、こうしたことに対応して、病院の中にサービス拠点があるべきと考えています。病院の中にメーカーと医師や看護師が直接コミュニケーションできる拠点があることで、ニーズに則した医療機器の開発は飛躍的に促進されるはずです。申請事務や法律の専門家なども加えた専門家チームを病院内において、新たな医療機器の開発を行う仕組みがこれから必要になると考えます。
−− 医療分野にIRT技術を役立てることについては、まだまだたくさんの可能性があると感じました。ありがとうございました。
(2012/11/07)