目的

IRT座談会第2回「道具としてのロボット」

ロボットを扱うメーカーとして、いち早く研究開発からビジネスへと足を踏み出したパナソニック株式会社。2015年までにロボット事業で1000億円を目指すと宣言してから3年。医療福祉分野にターゲットを絞り、次々と新たなロボットを開発してきた同社の事業戦略を、生産革新本部ロボット事業推進センターでリーダーを務められている小林昌市さんと中村徹さんにお話しを伺いました。
−−まずは御社のロボット事業の現状についてお聞かせください。
interview今年のはじめにパナソニック電工を経営統合したことに伴い、双方にあったロボット部門は完全に一体化しました。これまでそれぞれで開発してきた単体のロボット技術を融合させて、現在は病院や介護施設の総合ソリューションを事業の柱に据えています。パナソニックグループには松下記念病院があるため、まずここで実証実験を行い、必要に応じて改良を加えたものを他の病院に提供するスタイルをとっています。もっとも数が出ているものとして「注射薬払出ロボットシステム」がありますが、販売を開始してからすでに10年以上経ち、これまでに60台程が導入されています。
薬剤業務全体を支援するシステムとしての連携を進めるために、現在は自律移動ロボットの「ホスピー」を使って、注射薬払出ロボットシステムから出された薬剤の入ったトレイを各病棟まで運べるようにしています。すでに松下記念病院に実際に導入されていますが、病院のスタッフだけで支障なく運用できています。
また、NEDOの生活支援ロボット実用化プロジェクトで「ロボティックベッド」を開発しました。こちらは、ベッドの一部が分離して車椅子に変形するロボットですが、介護が必要な高齢者や身体の不自由な方が人の手を借りずに自分でベッドから移動できるよう開発したものです。
現在NEDOのプロジェクトで安全認証のための手続きを進めていますが、この安全認証を踏まえ、2015年度中には商品化できるよう努力しています。
また、「ロボティックベッド」の技術を応用した「車いす機能付き電動ケアベッド」も開発しました。こちらは同様な構成で、ヘルパーさん一人でも安全に無理なくベッド-車いす間の移乗介助が行える、介助作業のアシストを目指したものです。この「車いす機能付き電動ケアベッド」については2012年度のテスト販売を目指しています。
さらに、先頃発表したばかりの「洗髪ロボット」もあります。洗髪用の椅子に寝ているだけで、このロボットがシャンプーからトリートメント、ドライヤーまで総て自動でやってくれます。もともと研究していたロボットハンドの技術を応用し、「指」で洗うロボットを開発しました。合計24本の「指」が直接地肌に触れて洗ってくれるので、従来の噴射型のものと比べ、爽快感が増します。また、頭の形状には個人差がありますが、このロボットは3次元で計測し、形や好みに応じた洗髪を行うことができます。病院や介護施設ではスタッフが足りず、患者は洗髪したくても我慢しなくてはならないことが多いようですが、洗髪ロボットが導入されると患者はこうした悩みから解放され、看護師や介護士も洗髪の時間を他の業務に充てることができるようになります。
このほかにもたくさんありますが、パナソニックのロボットはあくまでも人が使う道具として、どういう機能であれば病院や介護施設の業務に役立つかを考えて開発を進めています。
−−御社ではヒューマノイドを開発していませんが、その理由をお聞かせください。
パナソニックのロボット開発は敢えてヒューマノイドとの対抗路線をコンセプトにしています。ヒューマノイドは完璧さを求められます。しかしまだそのニーズに応えられる技術は育っていない。これから先も随分と時間がかかるように思います。ヒューマノイドを技術開発のプラットフォームとして位置づける考え方も理解できますが、パナソニックの場合は、本当に役に立つロボットはもっと道具的なものと考えています。一般の人がイメージするロボットは確かにアトムのようなヒューマノイドが多いかもしれませんし、ロボットの開発者の心にもアトムへの情熱はありますが、機械は機械だ、という現実的な目をもって、人と機械の役割のバランスをとることが大切です。
−−IRTがスタートした2006年頃と比べ、ロボットを取り巻く社会的状況が変化したように感じますが、どのような意見をお持ちでしょうか?
社会の見る目が肥えたのだと思います。フィーバーが終わったという言い方でも良いかもしれません。 当時は愛知万博がきっかけとなって一気に社会の期待が膨らみました。マスコミも随分煽っていたように思い出します。しかし、それから数年経つと、「ロボットはこれぐらいのことしかできないのか」という現実的な見方が広がってきました。東日本大震災の時に日本のロボットが期待通りに活躍できなかったのも一因かもしれません。しかし、だからといって悲観的に捉えるべきではないと思います。むしろ普通の状態に戻っただけで、高齢化の進展は一層進んでいますし、ロボットが社会から必要とされていることは依然として変わっていません。真のニーズを掴んで事業化することが私たちの使命だと思っています。
−−大企業とベンチャーと大学の役割については、どう思われますか?
大企業ではどうしても一定の利益が求められ、何十億、何百億規模の市場が期待できるものでないと事業化を進めにくい点があります。ベンチャーの場合は、小さな市場でも確かなニーズさえあれば、フットワーク良く製品を生み出していくことが可能です。こうした点を捉えて、ロボットビジネスは大企業にはできないと指摘する方もいます。
しかし、大企業は販売やメンテナンスなどで力をもっていますから、例えば、大企業が自前ではできない部品をベンチャーが開発し、大企業はそれらをアッセンブルして販売するという協力関係を築くこともできます。あるいは、大企業がつくったロボットのアプリケーションをさまざまなベンチャーが開発するということもあると思います。工業製品はどうしても価格の下落は避けられませんから、開発段階からこうしたプロバイダーのような仕組みを取り入れていくことも重要と考えています。
大学については、さらに先の技術、例えば脳科学とロボットなど、企業では手を出せない研究分野を担って欲しい。ロボットの発展にはこうした学術的研究が不可欠ですが、企業がその部分までやるのは体力が伴いません。ぜひ大学に頑張っていただきたいところです。
−−海外の市場はどのように捉えていますか?
最初からグローバルで考えています。医療についてはアメリカとシンガポール、介護についてはデンマークと既に話を進めています。医療先進国のアメリカは言うまでもなく大きな市場として捉えていますが、シンガポールのように国の政策がしっかりとしている国は魅力的です。
介護の場合、日本だとどうしても人のお世話を機械任せにすることに抵抗感があるのですが、北欧などでは介護の業務の定数化が進んでいて、コスト比較などでビジネスライクに導入を進めることができます。電動ケアベッドなどについては、できるだけ早く海外での販売を実現させていきたいと考えています。
−−最後に、学生や若い研究者にメッセージをお願いします。
ぜひ遊んでください。学生時代にしかできないことをたくさん経験して、いろいろなことを吸収して欲しい。こうした経験値が深みに繋がります。知識はあるけれどクリエイティブさに欠けるというのが、最近の傾向として感じています。
ロボットの開発において、クリエイティビティはとても重要です。
−−ありがとうございました。
(2012/2/28)