目的

IRT座談会第3回「看護・介護が必要とするロボット」

IT技術とロボット工学によって少子高齢社会の課題解決を目指すIRT研究機構にとって、高齢者の看護・介護支援は特に重要なミッションと位置づけています。研究者の間では早くからこの分野へのロボットの有用性が注目され、これまでにもさまざまなロボットが研究・開発されてきましたが、現実にはなかなか実用化が進まないというジレンマも抱えています。こうした状況に対し、看護・介護の現場ではロボットをどのように捉え、どんな期待を持っているかについて、東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 真田 弘美教授にお話しを伺いました。
−−看護・介護になかなかロボットが導入されません。その理由についてどのように思いますか?
sanada医学の進化は機器の進化とともにあると言っても過言ではありません。それほど医療の現場には次々と新しい医療機器が開発・導入されています。一方、看護・介護はどうかというと、医学とは異なり、機器の導入はあまり進んできませんでした。これは、看護師や介護士は24時間常に患者さまの傍にいるので、リアルタイムにそのニーズに応えるためには、自分の力でケアを行うことが要求されてきたからでしょう。また、患者の側にも「入院は我慢しなければならないもの」という意識があることも影響していると思います。
以前、とてもショックを受けた話があるのですが、ある末期癌の女性患者が、排泄時の激痛に苦しんでいる様子に心を痛めたご主人が「30年前とまったく変わっていないじゃないか」と厳しい指摘を看護師に投げかけたそうです。この方は30年前に親御さんを亡くした時にも同じ思いをしていて、それが30年経ってもまったく進化していないことに、やりきれない怒りを覚えたのだと思います。
この話に現れているように、看護の現場では機器の導入は医療機器に比べて立ち遅れており、看護師や介護士の努力や患者の我慢によって、何十年も前のスタイルが変わらず続けられている場合が多いと言えます。今でも病院では、患者が点滴台をもって移動していますが、なぜそうした不便をあたり前のこととして受け入れてしまっているのでしょうか。療養生活を快適にしようとする発想を皆がもっと持つべきだと思います。看護とは本来病気を持つ人の療養環境を支援することが目的です。人それぞれの最適な健康状態を評価・判断して、本人ができないことを代行するのが看護や介護です。こうした原点に立ち戻って考えてみれば、看護や介護にロボットなどを導入することは必然なのだと思います。
−−IRTでは以前スウェーデンの看護・介護支援の調査に行きましたが、スウェーデンでは自立支援を中心に置いているのに対し、日本の看護・介護では寝たきり支援が中心のような印象を持ちました。その理由はなぜなのでしょうか?
確かに日本の看護・介護は「要介護度4・5」の重度の患者さんに重点的に対応している面があります。人口数でいくと要支援・要介護1〜3の軽度の患者さんの方が圧倒的に多いのですが、やはり重度の患者さんの方がより多くのケアを必要とします。また、医学の進化だけが進み看護や介護ならびにリハビリ―ションが追い付いてはおらず、生命は維持できているものの、人間らしい生活を取り戻すことができないという状況を生んでしまっていることも一因かもしれません。このギャップを埋めるために看護師や介護士が多くの労力を注ぎ込むことになっています。
それと、スウェーデンでは子どもが自立したら家を離れることから、老後配偶者が死別すると老人の一人暮らしが一般的となっており、そのため高齢者の孤独死が社会問題となっています。自立支援だけに偏らず、孤独への対応や寝たきり支援など、複合的な対策を取ることが重要と言えます。
−−看護・介護の現場において、ロボットはどのような場所で役に立つでしょうか?
最初はロボットの定義というものがわかりませんでした。一般的には、ロボットというとアトムのようなものを思い浮かべてしまうと思います。しかし最近、情報理工学から当専攻に来られた先生に伺ったところ、センシング・知能・駆動という3つの要素を持つ機械をロボットと呼ぶと聞いて、なるほどと思いました。そういう目で見るとロボットが看護・介護に役立つケースはたくさんあると思います。
たとえば、ベッド。患者の痛いところや苦しいところをセンシングして圧力を自動で抜くとか、バイブレーションするとか、そういうベッドがあったら非常に役立つと思います。また、パワーアシストスーツが開発されていますが、歩行よりも、食事支援に活用する方の利点が大きいのではないかと思っています。歩行は車椅子で相当のところまでカバーできますが、食事支援は患者にとって、より切実な問題です。人が人らしく生きる上で一番大事なニーズは「食べること」だと思います。パワーアシストスーツによって、自分の食べたいものを自分で自由に食べられるようになると、以前とは比較にならないほど大きな生きる喜びを得られると思います。食事支援ロボットというものも既にあるそうですが、こうした分野にロボットはどんどん入ってきて欲しいと思います。
また、コミュニケーションロボットも重要だと思います。比較的要介護度の低い患者が日帰りで通うデイケアは非常にうまく行っている取り組みですが、その理由として日常的にコミュニケーションを行っていることが良い効果を生んでいるのだと思います。また、こうした施設ではペットを導入して効果を発揮していますが、ロボットにもこの役割を担うことができると思います。しかし、癒しだけでは、すぐにあきてしまいます。やはり世話をする、その反応として、日々何らか変化がある、あるいは成長する、それがペットロボットとコミュニケーションを続けるモチベーションでしょう。
いずれの場合もそうですが、看護や介護は患者一人一人に合わせていくパーソナルフィッテングが基本です。一般的な業務は規格化していますので機械に置き換えることでメリットは生まれやすいですが、看護・介護の機械化が難しいのはこの部分です。実用化が進まないことの大きな要因でもあるでしょうから、ぜひそれを乗り越える技術を開発していただければと思います。
−− IRT研究機構ではパーソナルモビリティの研究を行っています。看護・介護にとってこうした乗り物に有用性は感じられるでしょうか?
失禁、転倒、低栄養を、閉じこもりの三大原因と呼んでいます。閉じこもりが高齢者の身体機能低下に繋がり、認知症などの要介護状態を招くことはすでにいろいろな研究で明らかにされています。介護保険での要支援レベルの方々への対応も、そうした観点から導入された経緯があります。パーソナルモビリティは、この閉じこもりを改善できる効果があると期待しております。特に転倒防止には効果が高いですし、トイレを探してくれるとか、外出する気になるコンテンツを提供するといった機能が備わっているとより効果が高いと思います。低栄養はやる気を失わせてしまう原因となっています。パーソナルモビリティを利用することで買い物や外食が増えて、嗜好性を高める食事ができたり、街のさまざまな刺激を受けることで活力が向上したりすることが期待できると思います。
−−最後に、高齢社会がこのまま進展していくと、日本の社会はどのようになると考えていらっしゃるか、お聞かせください。
このまま行くとますます経済的な格差が大きくなっていくと思います。それによって、看護や介護で受けられるサービスが人によって大きく変わってくる。そうした社会が訪れることが、まず一番に気になります。
それと、「老いる」ということに対して,個々の高齢者がもっと能動的に取り組む社会にすべきと思います。例えば、老いるための準備として、再度自ら学ぶ機会を社会が提供することが必要かもしれません、まるで第2義務教育のようなものでしょうか。老いることを避けるより、もっと能動的に、老いの準備をする教育があっても良いと思います。「老いてもいいな」と思える社会をどうつくるかが大切です。老後を捉えたお金の持ち方、社会に役立つ存在と思うこと、幸せを実感すること、或いは、自分の死に対する備え、こうしたことを学び、考える機会を私たちの社会が持つ、つまり子供から高齢者まで社会全体で老いを学ぶことが必要とされているように思えてなりません。
−−ありがとうございました。
(2012/3/19)