目的

IRT座談会第1回「ロボットと共に生きる社会を作る」

東京大学IRT研究機構が発足して5年が経ちました。この間、ロボットに対する社会の期待感や関心のあり方が変化してきたように思われます。少子高齢など社会的課題に対してロボットが果たす役割は依然として大きいことに変わりはありませんが、実用化に向けた取り組み方法について今一度議論を交し合うタイミングを迎えているのではないでしょうか。そこで、これまで東京大学と協働してホームアシスタントロボットやパーソナルモビリティロボットを研究・開発してきたトヨタ自動車株式会社の玉置章文パートナーロボット部部長にお話を伺いました。

−−21世紀に入って10年、最近は自動掃除機ロボットなど、家庭の中で活躍するロボットが増えてきました。パートナーロボットの開発に従事してきた玉置さんは、今の状況をどのようにご覧になっていますか?
確かに、玩具としてのロボットだけでなく、家事支援など「人を助ける」ロボットが身近で活躍するようになりました。それだけ多様なロボットが登場し、そして多様なニーズが生まれたということでしょう。自動掃除機ロボットが市場に登場したのは2002年ですが、当時はまだ一般家庭の需要はそれほど高くありませんでした。他社から同種の製品が出るほど人気となったのは最近の話で、市場に受け入れられるまで約10年かかっています。 一方でペットロボットは、発売時から人気がありましたし、実際に売れていたのですが、生産中止になってしまった製品もあります。「いろいろなことができるロボット」というには技術的に少し早過ぎたのでしょうし、玩具の延長線上と捉えていた消費者も多かったのだと思います。 パートナーロボットの開発を目指す立場からいえば、自動掃除機ロボットのように、5年後や10年後もお客様に喜んで使っていただけるものを作りたいという思いがあります。それには、技術的に解決しなければならない問題もありますし、実用レベルに持って行くためには、コストという壁があります。中でも最も重要な課題は、「お客様のニーズをつかむ」ことでしょう。しかし、これがなかなか難しい。なぜなら、人が「ロボット」と聞いて思い浮かべるイメージは、“何でもできるヒューマノイド”から“イメージが湧かない”など、本当にさまざまだからです。何でもできるヒューマノイドは理想かもしれませんが、実現までにまだまだ時間がかかるでしょうし、その間ロボット技術をずっと温存するのはあまりにももったいない。まずはロボットを私たちのサポートツールとしての位置付け、そこには、ヒューマノイド開発などで得られた要素技術を転用することで、人間と共生できる真のパートナーロボットを開発していきたい。そのためには、ロボットが活躍しそうな現場、言い換えれば「市場」にいる方々との意見交換が重要になります。テクノロジーの革新はもちろん、市場ニーズの掘り起こしと形成、ビジネスモデルの確立まで、開発者と市場の人々が共同で進めていかなくてはならないと考えています。 トヨタ自動車では、まずはロボットが活躍できそうな現場にいる方々と、ニーズの掘り起こしや市場を創るための共同体制を構築したいと考えており、少しずつですがそのための取り組みを始めています。当社は2007年に「パートナーロボットのビジョン」を発表し、その中で4つの分野に焦点を当てました。「製造」「パーソナルモビリティ」「介護医療」「家庭内支援」の4つです。これらの分野の中で当社が開発したロボットを、実際に病院や空港などの施設で実際に使ってもらいながら、ニーズの抽出や機能改善に向けて、取り組みを進めています。
−−病院や空港における実証実験の結果から得たもの、そして今後の取り組みについてお聞かせください。
介護医療の分野では、トヨタ記念病院における移動支援ロボット「Mobiro(モビロ)」は、企画段階から病院側に参加していただき、1年半ほど実証実験を行いました。その結果、機能的にもかなり高いレベルになったと思います。その後、リハビリ医学を精力的に進めている藤田保健衛生大学の皆さんと、自立歩行アシスト、移乗アシスト、バランス練習アシストなど医療介護現場での困り事へのロボット技術活用に取組み、先ごろその開発状況を公表しました。また、立ち乗り型パーソナルモビリティ「Winglet(ウィングレット)」を中部国際空港で警備員スタッフの方に使っていただきましたが、さらに利用現場での検証をすすめるため、現在は岐阜カラフルタウンというショッピングモールで実証実験を進めています。ただ、お客様の期待は多様で、「不便なところを便利にする」のか、それとも「さらにプラスアルファの価値」を追究すればいいのか悩みどころです。Wingletの場合、むしろ乗り物としての楽しさを評価していただいているので、その点をアピールする方向性もあるかと思います。たとえば、Wingletを使った遊び、ポロのようなスポーツを開発するというのも一つの方法ですね。 そして、先ごろの公表時には、将来の家庭内支援ロボットとして、自律移動しハンドで物体把持ができるヒューマンサポートロボット(HSR)のコンセプトもお示ししました。このHSRでは、さらに多くのロボット技術を導入しています。昨今流行のテレプレゼンスのようにネットワーク越しに、遠隔地から物を探したり移動させたりすることもできるでしょう。このHSRもどのような場面でどのように活用するか、お客さまと一緒に探っていきたいと考えています。また来年以降、これまでに発表したロボットも含め、より多数のモニターの方々の協力を得て、ユーザーに受け入れられる価格設定についても探っていくつもりです。
−−ロボットも多種多様なので一概には言えませんが、市場に提供する価格としてはどれくらいのものになるのでしょうか。よく「軽自動車1台」などと言われますが、トヨタ自動車としてはいかがですか。
なかなか難しいですね(笑)。価格はお客様が決めるもの。というのがトヨタの考えです。メンテナンスの必要もありますし、家電のような売り切り型よりも、リースの方が受け入れられやすいかもしれません。また、リースとは少し異なりますが、スマートフォンのように、ハードウェアとアプリケーション機能を切り分けるのも、やり方次第では面白いビジネスモデルになると考えています。例えば、人と生活空間を共有するロボットには高い安全性や信頼性が求められるため、ハードウエアは大手メーカーが開発し、ユーザーニーズに応じて多彩なバリエーションが求められるアプリケーションは、独自の技術力や発想力に富んだベンチャー企業などが開発し、クラウドから必要に応じてダウンロードして使えるという方法もあるかもしれません。 さらに、開発コストを下げ、事業成立が可能な量産体制を確保することも重要です。たとえば当社が掲げている「製造・パーソナルモビリティ・医療介護・家庭内支援」の4分野にしても、タスクの種類は千差万別なので、1つのロボットがカバーできる機能は本当に小さくなってしまい、結果として開発コストがかさんでしまうのです。別々の用途に使うロボットだとしても、そのコア部分だけでも共通化できれば、コストの問題はかなり解消されるでしょう。ベースがあれば、個々の企業がゼロから開発するという不効率性も低減できます。 また、大学やベンチャー企業などが開発する先端的な技術や発想の導入の方法としては、自動車業界ではサプライヤーが仲介役として安定性や信頼性の確認をする役割を果たすことが多いですが、黎明期であるロボット開発では、私どもロボットデベロッパー自身が、新たな技術・発想の吟味をし、スピーディーに実用化を判断することが必要です。その中で、自動車などで使える技術があれば、サプライヤーへ紹介することも可能でしょう。
−−以前、「ロボットにやってもらいたい仕事」について主婦の方にアンケートを取ったところ、「単純だけど煩雑な作業」や「体力のいる力仕事」などの手段としてロボットに期待する声が多く上がりました。生活を助けるロボットとはどのようなものであるべきと思われますか。
仮にロボットの使命が「生活を変える」というものだとすると、それこそ今の生活や社会のあり方すべてを抜本から見直す必要もあるでしょう。洗濯にしても、ロボットが洗濯機のスイッチを入れるのか、それとも洗濯業というサービスと共存したやり方にした方がよいのか、いろいろな選択肢が考えられますし、思いもよらないもっと別のやり方に変わるかもしれません。 だから今は、いろいろなものを形にして、市場に問いかけていく必要があると思います。もっといえば、市場だけではなく、研究開発の方法自体、もっとオープンにほかの研究者に問いかけていくスタイルがあってもいい。たとえばHSRも、将来的にはプラットフォームとしてAPIを公開し、プラットフォームとしての可能性を探りながら新しいものを生み出す方法も考えられます。いろいろな人から生まれるアイディアを具現化する中で、東京大学にもご興味を持っていただき、一緒に研究していければ、ロボットの可能性は限りなく広がると確信しています。
−−それは嬉しいご提案ですね。ぜひご協力させてください。本日はありがとうございました。
(聞き手:東京大学IRT研究機構 機構長 下山勲教授)